HOME   »  2010年02月06日
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今日、妻は親不知を抜きました。



上の親不知で歯科医師には簡単な抜歯だと言われてるらしい。



しかし本人はえらい大手術を控えてるかのように大騒ぎ。



これまで手術らしいものは体験したことないから仕方ないか…



二週間前から友達に連絡しまくっていたみたいです。



私は妻に何かあった時に悔いが残らないようにと思いました。

母を亡くした父の告別式の挨拶の言葉を思い出して…。



なので、今日は妻が病院に行くのに付き添ってあげました。



私はやさしく見守っていてあげたつもりなのに、



「君、やたらとにやけてる。私をバカにしてるでしょ?」



と言われました。



ハイ、確かにそうです(笑)!

おかしくてたまらないです。



出かけ間際の会話です。



妻 「今日は治療費いくら持って行けばいいかな?」

私 「そりゃあ、大手術だから10万は包んでいかないと!」

妻 「きみ、バカにしてるでしょ…」

私 「バレた?(笑)」



結局3千円だったらしい。笑

しかも抜歯の所要時間はたった3分。笑



妻は抜いた歯を大事に持って帰ってきてました。



スローライフ日記 (ガンとの闘病日記はもうすぐ終わりにします)-20100206232103.jpg




外に投げると言ってます。

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なんと!?ガン保険に入っていたのに、保険がおりないかも!?


昨日そんな話を父から聞きました。


死因が直接ガンでないと保険がおりないかも…だそうです。


確かに直接の死因は肺炎だったのですが…。

でもそれは母がガンでなければ治っていたはずです。

なんだかそう言われてしまうと、やりきれないですね…


まだこれから書類を出して審査を受けるのでわかりませんが。


多くの方に見ていただいた過去の記事にも書きましたが、

母は毎年のクリスマスのコンサートを楽しみにしてました。

私は思い出にと思い、アヒルの人形まで棺に入れました。


まさかとは思いますが、審査の結果が気になります。


大した額ではないのですが、気持ちの問題ですね…


結果が分かりましたら、また報告します。


母の最後の瞬間を忘れないうちに記録に残しておこうと思います。

話は母が息をひきとる前日から始まります。

父のいない時に看護士のICHNMRIさんが妻に言いました。
 「付き添いの方の簡易ベッドを用意することができますよ。」
妻は父に連絡し、すぐにお願いして手配してくれました。

しかしその夜様子が安定してると思い、父は帰ることにしました。
帰っていく父とばったり会った看護士さんがびっくりした様子で
 「え!?帰られるのですか?」
と言われたそうです。

父はその言葉にハッとして、やはり泊まることにしたのです。

今思うとその看護士さんのおかげで後悔せずに済みました。
あの時言われなければ一晩付き添うこともなかったでしょう。

父は今でもこの時の看護士さんに感謝してます。

一晩母に付き添った父は、翌朝えらく関心して言ってました。
 「看護士さん達が夜中もよくみていてくれていた。」

本当にこの病院に入院してよかったと今日も話してました。


10時頃、父と交代して私が母に付き添うことになりました。
父は一旦家に帰り、洗濯や用事をすませに行きました。

到着してすぐに私は部屋の啓翁桜を母に見せました。
 「ほら、桜が咲いてきたよ!」
すると、母はここ最近で一番の笑顔を見せてくれました。
 「今日も平穏な1日になるといいなぁ…」
そう思っておりました。

ところが、この日はタンが頻繁にからみ息苦しそうでした。
30分おきにナースコールするような感じで目を離せません。
その状態が13時過ぎまでずっと続いてました。


私もいよいよ頼まないといけないだろうと思っていたところ
 「息を楽にするお薬を使いましょうか?」
看護士さんが言ってくださりました。私は迷わず頼みました。
やんわりとした言い方でしたが、モルヒネだろうと思います。

処置することになり、私はようやく離れることができました。
外食は心配で、コンビニ弁当で済ませてすぐに病室へ。

病室に戻ってみると少しだけ落ち着いた様子でした。
それでも少し息苦しいのには変わりないように思いました。

看護士さんが何度も来て、姿勢を変えてくださりました。
それは何故かと聞くと、呼吸を少しでも楽にするためだとか。
本当に最後の最後まで一生懸命見てくださっておりました。

15時ちょっと前、体を拭いてくださるというので私は休憩室へ。

付き添いに疲れてたので、しばらく休憩室で休んでいました。
そろそろ来るはずの父が現れないので、携帯を手にしたら
 「Fさん(私)、ちょっといいですか?」
休憩室にやってきた看護士のSOMAさんに声を掛けられました。

SOMAサン 「酸素濃度も血圧も下がって戻らなくなってきました。
        お父様はまだ来られませんか?」
私      「もうすぐ来るはずなんですが…」
SOMAサン 「あ、そうですか。わかりました。」

このやりとりで私はピンときて、すぐに父に電話をしました。

私  「お父さん、今どこにいるの?」
父  「自転車でもう病院の近くにいるぞ。」
私  「とにかく急いで!」

続けて弟にも「帰る支度しておいて。」とメールを打ちました。

すぐに病室に戻り、母の耳元に何度も声をかけてあげました。
 「もうすぐお父さんが来るからね。」
言う度に母はうなずいてました。

15時20分、父が到着。
 「お父さんが到着したよ。」
母に伝えると父の方を見て、少し安心した表情になりました。
 「これが夫婦の絆か!」
子供よりも一緒にいる期間が長いですもんね。さすがです。

最初は父も状況が把握できなかったらしく、
 「俺がついてるから、お前は家に洗濯物入れに行ってくれ。」
なんて言ってました。
 「洗濯物なんてほっといていいの!」

私は思わず、言ってしまいました。
父に状況を詳しく説明し、弟と祖母も呼ぶことにしました。

それから父は酸素濃度を見ながら必死に声をかけてました。
 「K子、頑張れ~、息をゆっくり大きく吸うんだぞ~。」
私も反対側から声かけてあげました。
 「弟もおばあちゃんもKANAちゃんも、もうすぐ来るよ。」
話しかけることは全てわかってるようで母はうなずきます。

この日たまたまKANAちゃんも病院に来ることになってました。
(KANAちゃんは私の従兄弟、母からみると姪にあたります。)

KANAちゃんにも電話をかけたところもう病院にいるとのこと。

16時ちょっと過ぎ、KANAちゃんが病室に到着しました。
KANAちゃんに母のそばに行ってあげるように言いました。

16時20分、祖母が老人ホームからタクシーでやってきました。
 「K子ちゃん、お母さん来たよ。そばにいるからね。」
祖母を見て、母は軽くうなずきました。

16時45分、ようやく弟が到着しました。

弟が母のそばに座り、両手を握ってあげました。

「お母さん家族みんな揃ったよ。みんなそばにいるよ。」
私が声をかけてあげたら、母は安心した表情になりました。

本当は全員ではなかったのです。

姉にあたる叔母がいませんでした。
しかし私は安心させるためにとっさにそう言いました。

さすがに岐阜の叔母には声をかけられません。
しかし叔母の代わりに娘KANAちゃんがいてくれました。

今となってはそれだけでもよかったと思っています。


17時ちょうど、母は眠るように息をひきとりました。

家族に囲まれ、みんなと手をつなぎながら静かに。

病室には『アメージンググレース』が流れてました。

母の大好きだった曲です。


部屋にいた医師は5分ほど見守っていてくださりました。

母との最後の時間を大事にしてくださったのでしょう。


見守っていた医師がベッドの前にきて切り出しました。
 「17時から心臓はフラットな状態です。失礼します。」

医師が確認した後、自分の腕時計を出して言いました。

 「私の時計で恐縮ですが、17時6分ということで…」


この瞬間、母の長い闘いは終わったのです。

私は何故か安心して、肩の力が抜けました。


声に出して言えませんでしたが、心の中でそっと、

 「長い間お疲れ様でした。もう頑張らなくていいよ。」

母にそう伝えてあげました。



みんなで母の体を拭いてあげ、最後に化粧をしました。

入院時のムーンフェースが嘘のように元に戻ってました。

昔のようにすっきりとした綺麗な顔になっていたのです。

化粧が終わると看護士の皆様は退室されました。

あとは葬儀屋の方が迎えに来るのを待つだけです。


シーンとした病室の中、母と家族だけの時間でした。

私はもう一度母の手を握りしめてみました。

ちょっと前まで握り返してくれてた手が動きません。

 「これが死なのか!?」

と思いながら、何度も母の手を握りしめていました。


そして、いつもと同じように写真を撮ろうと言いました。

家族みんなで母を囲んで何枚も撮りました。

私は前々からベッドの柵が邪魔だと感じていたので、

父と弟に柵をとっぱらってもらいました。

こうすることで母との距離が縮まります。

そして1人ずつ母と向き合い、写真を撮りました。


最後に父と母が顔を合わせた時に思いつきで

 「お父さん、お母さんにキスしてあげなよ。」

と私は言いました。


父は3回も長いキスをしてあげました。 


両親のキスなんてこれまで見たことがありません。

これが私の初めて見る両親のキスです。

35年の思いが詰まった愛情のこもったキス、

このシーンは忘れることができません。



 「臨終の時を家族で見送る必要はない。」


そう言われながらも、やはり立ち会いたいものです。

結局私たち家族は思い通りにできました。

それは父の執念だったと思います。

(というより私の執念だったのかもしれません…)

母にとっても本当に良い最後だったと思います。



最後に母が病院を出る時に見送ってもらいました。

主治医の先生を始め、婦長さんや看護士の方々に。


父は出発前お礼を言う時に少し取り乱しました。

本当に病院の皆様に感謝していたからだと思います。


私も父と同じ気持ちでした。

 「本当にこの病院でよかった。」

そう思いながらお礼をしました。


一週間だけでしたが、行き届いた看護に感謝してます。

病院の皆様、いろいろとありがとうございました。






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プロフィール

kumo

Author:kumo
お酒はビールとワインが好きで、美味しいものと一緒にお酒をワイワイ飲むことが何よりの楽しみな30代半ばのオヤジです。

まだまだワインは勉強始めたばかりでよくわかってませんが、なるべく安くあげて楽しく飲めればいいなぁと思ってます。

このブログは、比較的初心者の私が手軽で安いワインを如何にして身近な簡単料理と楽しんでいくかについて書いていきたいと思ってます。

一番最初の記事の自己紹介に書いてますが、私は料理を全くやらない人間でした。でもワインを安く楽しむには自分で料理を作らなければ!と気づき、頑張ってみることにしました。料理についてはレシピというよりは、初心者の人間が作るとどんな大変さがあるかなど奮闘記みたいな感じに書いています。

本物のワイン好きやグルメの人が見たら何と言われるか分かりませんが、私なりのワインの楽しみ方を紹介していきますね。

ワインに対してどれくらいお金を出すかという私の価値観ですが、現状はこんな感じです。

①普段飲みのワイン
 →500~1500円くらい
②ちょっと奮発!
 →2000~3000円くらい
③たまにいいワインを!!
 →5000円~くらい
④かなり奮発!!!
 →8000円くらい

ワインに対する価値観は人それぞれ違うと思いますが、今の私が無理なく楽しもうと思うと、こんなところです。

こんな私ですが、フィーリングの合う方に見ていただけたら嬉しいです。

まだまだ未熟者ですので、ワインについてのアドバイスや安く美味しく飲めるお得な情報をいただけたら嬉しいです。

宜しくお願いします。(^-^)

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